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つきとさんぽ

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魔法のびん詰め

瓶詰め。


なんとなく、
きゅーんと、つーんと・・・。切なくでも暖かく、懐かしい気持ちになるのはなぜでしょうか。


自分の人生の節目に
『タイムカプセル』
思い出や未来への思いを『びん』や『かん』に詰めて桜の木の下に埋める。
何年も経ち、その蓋を開けるとき
その時の自分の考えや、思いや、過ごし方や、生活や。
何度も聴いた音楽や、何度も読んだ本や。友達とのコト。家族のコト。生き詰まったコト。悩んでいたコト。楽しかったコト。。。。

いろんな『コト』
その『時』に詰めた『気持ち』が、時間をかけ封を開けたときによみがえる。

いろんな『思い』があふれ出す。

過去のその時の自分の気持ちが詰まった。。これが、この『びん詰め』・・・の醍醐味かもしれません。



365日、おいしい手作り!
「魔法のびん詰め」
とっておきの保存食レシピが満載!

王様文庫
こてら みや 著




びん詰めを仕込んでいると、コトコトと湯気の立てるお鍋の音や、漂ってくる美味しそうな香りで、
ささくれだった心や身体がホワッとほぐれてくる・・・

おいしい香りは、どんなにすばらしいエッセンシャルオイルより、心を和ませ穏やかな気分にしてくれる魔法のような力がある・・・



毎日、毎日が単調に、でも忙しく過ぎさる。
日々をこなすことが一生懸命。


今、
お腹を空かす子どもらを抱えた母親の現状ではないでしょうか?
でも、その時の子どもや家族に対する気持ちなどを、
生きるために必要な『食』。それを『びん』に詰める。


なんにも変えがたい
瓶詰めを作成したときの母親の家族を大切に思う気持ちが詰まっていると思えてなりません。


この本のすばらしさはそこにあるとのかも。


『作るとき』
『食すとき』


二度、おいしい『瓶詰め』は、
まるでタイムカプセルのように、その時の自分心境を思い出されて、きゅーんとなります。





『玉ねぎソース』


恐ろしい事に、レシピを無視した
みりん無しで作成いたしました。生姜は大目です。


作成した昨日は、
いつもより余裕のある夕方でした。
『今日の晩ご飯ナニ?』と、帰宅と同時に台所に向かってくる娘ら。
『なんか。いいにおいするな。』と、娘ら。

『コレはね。また、こんどのお楽しみ~~』と、ワタシ。



わくわくしながら出来上がった『玉ねぎソース』をビンに詰める。


『楽しみだね』




巧くすれば2週間はもつこのソース。
2週間後の娘たちや、主人や、自分のコトを想像しながら詰めるのです。



瓶詰め最高!






# by enuenu1123 | 2012-05-10 12:18 | | Trackback | Comments(2)

続・『暮らしの安全』について、我が日記にも残しておこうと思う。

これまでのあらすじ


緊急事態(ただし、トイレが壊れただけ)ということを発令(いっしょの夜勤のメンバーに伝えただけ)した。


『みみみみみみみみみっみず!水が流れないっ!!!!!』


一緒に夜勤をしていた
これまたワタシと同じ星の下に生まれた、同じ匂いのする彼女が、
『そういえば、さっき私がトイレに行って流すと便器の中は流れたのですが、タンクの中に貯める水道は流れなかった』
『あ~。えぬさん!すみません!!!ワタシです!私が犯人ですぅぅうぅ!』と。



青ざめ慌てる彼女。

なんて正直なのだろう。
この状況下の中でよく本当のことを言ってくれたものだ・・・・など感動している場合ではない!
ワタシと同じ匂いのする彼女は
責任を感じまっすぐに、ワタシの聖水が残された(ティッシュは救?った)スタッフオンリートイレに向かった。

『ちょちょちょっ。ちょっと待って!便器の中だけは見んで!!まだ流れてないんよ~~!!』
もはやトイレが壊れたことよりも自分の排泄物を見られる危機感を感じている無責任なワタシ。


狭い個室の中で
考える。

どーも、タンク内に水がたまらない原因はこの『しゅーしゅー』という不吉なタンク内から漏れる音が原因のようだ。
よく聞くと狭く細いところを水が圧をかけ通ろうとしている音に聞こえる。

『開けてみましょう』と彼女。
百聞は一見にしかずだ。さすが、今宵の夜勤の分娩部のワタシのバディだ。

バディが普段開けないタンクに蓋を開けてみる・・・・・。
・・・・聞いてわからないものは見ても解からなかった。

でも、なんとなく音がするところをいじってみる。
こーかな?こーだろ??ここがこうなんじゃね?とつついてみる。

すると人間不思議なもので彼女がいじっているところを
ワタシもつい、いじりたくなった。

彼女に変わって、その音のする部分をかちゃかちゃとしてみる。小さいころから図工は得意だ。なんとかなるかもしれない。

その瞬間!

ぶちっ!

いじっていた部品が外れ、ぴゅーぴゅーと吹き出る水!





世界の森末慎二が笑う。。。




つい、口ずさんでいた。



そして、昨日でGWは終わったというのに未だトイレは直らない。


どうもタンク内のめったに壊れない重要装置?が頻回の使用のため破損し、
運が悪いことに
部品が大型連休のため届かないという風の噂を聞いたのは、連休の半ば。。事件の数日後のことだった。


唯一のスタッフオンリートイレが使えないとのことで
この長い連休中は間違いなく、コトの真相を知らない職場のスタッフは誤解しているだろう。


だが、
ワタシは自分と一緒にこのアクシデントを共にした彼女の名誉のためにも声を大にして言いたい!

ワタシの排泄物が(でかくて、)詰まって壊れたのではない!
タンク内の装置が壊れていたんだよ~~~~~~~~
と。

水が流れないところにトイレは詰まらない。


いろんな名言が浮かんでは消えた毎日だった。


名言1. 
壊れるまでつつくな (踊る大捜査線 by 和久平八郎の【疲れるまで働くな】から)


名言2. 
噴水は公園で起きているんじゃない!トイレで起きているんだ!!(踊る大捜査線 by青島 【事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!!】から)


名言3. 
流したければ気楽になれ(踊る大捜査線 by 和久平八郎の【正しいことをしたければ偉くなれ】から)



名言4. 
私が責任を取る(踊る大捜査線 by室井さん)







以上、
なにかしら考えもつかないことに出くわした・・・
この貴重な経験を自分の教訓としてここに記しておこうとおもう。









# by enuenu1123 | 2012-05-07 18:12 | 暮らしぶり | Trackback | Comments(8)

『暮らしの安全』について、我が日記にも残しておこうと思う。

自慢にもならないが、
アクシデント?なり事件?なり、いつもと違う予期しないことがおこる・・・というのがワタシの日常だ。

まて、日常?
さて、日常?
つまり思いがけないことに出くわすのことこそが
ワタシの『つねひごろ』であり『へいぜい』であり『ふだん』なのである。。。。。




小学生時代の通信簿には『もう少し、落ち着いて行動しましょう』と卒業するまでの毎年書かれていた。毎年毎年、担任が変わっても必ず書かれている内容だったので、さすがのワタシも教科の評価のことよりも覚えている。
先生たちも『継続は力なり』だ。


20の時に通った車の教習所の適性検査では
『落ち着きがない』『行動が早い』がずば抜けて高く、『あなたは、もうすこし慎重に過ごしたほうがいい』と。たいしてそんなに付き合いも長くもない教官に言われたことだってある。


就職して、
産科のBossには『この!おっちょこちょいが!!!』と、どやされたこともある。。。。


小さいころから成人するまで言われ続けてきた
『落ち着いて行動する』
というのはワタシが日常を安全に過ごすためには最重要課題だ・・・ということはいうまでもない。
なにかしら、アクションを起こすときには『慎重に、慎重に・・・』と心の中で念仏のように唱えている。


車に乗るときなど、
シートベルトを締めエンジンをかけたら、まず自分の右太ももを張り手で叩く。
遠出などする際は、いつもの3倍はびしっびしっ!!と叩き、これから運転する自分に𠮟叱咤する。気が緩みそうになる時こそ、赤信号で止まるとなると。ビシビシと叩き、気合を注入する。
その、ひとり猪木状態を初めて見た おたかは非常に驚いていたことが懐かしい。今や彼はこの儀式は見慣れたらしく、目にしてもちっとも驚かなくなった。

仕事中でもそうでなくても、
何度も何度も確認する。しつこすぎて気持ち悪がられることだってある。

そのぐらい、日々を慎重に生きている。

なのに、どーしても。
アクシデントというものは、向こうからやってくる。
本当にいつも感じることだけど、仕事にしても何にしても、ワタシを選んでやって来るとしか思えない。

おなじよーにしていても、まったく来ない人には『やつら=難問』は来ない。彼女らにはアクシデントや難問は皆無にみえる。たとえ彼女たちにそれが降りかかってたとして、
『まー。お気の毒だこと・・・』と高いところ、安全なところからつぶやいていても
必ずや自分のところに回ってくる。

何の法則なのだろう?

GW前。
職場のトイレが壊れた。

大所帯の職場で唯一のスタッフオンリーのこのトイレ(水洗・ウォシュレット)は窓のない個室にたった一据しかない洋式トイレである。
80人近くのスタッフがお互い気を遣いながら、一つのトイレを昼夜問わずみんなで使う。

関係ない情報だが、便器に腰かけると、視線の先には師長が掲示した『人生の教訓 10か条』がある。
医療者の手洗いの大切さを記したポスターだってある。

緊張感のある仕事内容の中、
ひとりきりになれ、束の間を日常から解放される場所であり、あらゆる情報の宝庫でもある・・・
・・・スタッフオンリートイレ。


それが、このGW前に壊れたのである。

賢く、先の読める読者はもうお解りだろう・・・・。

もちろん。
壊した(壊れていたのを発見した)のはワタシだ。

その日はとても落ち着いていた夜勤の朝だった。
ワタシがいつものようにトイレにいくと聞きなれない『しゅーしゅー』という音が。
いつもなら『ん?』と疑問に思い、用を足す前に調べるのだけれど。この日は本当にお産も入院もない落ち着いた朝だったのでいつもの緊張感が足りなかったのかもしれない。
その『しゅーしゅー』という音を気にすることなく用を足した(ただし小。くれぐれも小。)

秘所をティッシュで拭き、下着とズボンをはく。
いつものように、流す。

流す?流す・・・・・!?流れない!!!!!!!???

タンク内から便器の中に水が流れ出ない。。。
つまり、ワタシの中から出たばかりの聖水とティッシュが行き場もなく
寂しげに便器内でくるくると・・舞うばかりなのである。。。嗚呼・・・。



便器の中で舞う『それ』たちを、他人に見られたくない!!!!いや、女として見せてはいけない!
あ~。大でなくて小で良かった・・・なーんて。言ってはいられない。
『大』だろうが『小』だろうが
恥ずかしいものは恥ずかしい。


その
光景を目にしたとき、激しく動揺したワタシはティッシュを自ら救い?上げるという行為にでるのである・・・(もちろん素手ではない)


つづく・・・・・・。




# by enuenu1123 | 2012-05-07 17:42 | 暮らしぶり | Trackback | Comments(2)

なちゅらる

先日、私の担当していた方が無事に出産された。



合計特殊出生率(ごうけいとくしゅしゅっしょうりつ)とは、
人口統計上の指標で、一人の女性が一生に産む子供の平均数を示す。

世界で考えると、
ニジェールは7.1人で最も多く、
日本は1.3人。
合計特殊出生率の世界平均は2.5人。。。らしい。(2011年調べ)

ちなみに・・・
 2位 アフガニスタン 6.5人
 3位 ソマリア 6.4 人
 4位  東ティモール 6.4人
 5位  ウガンダ 6.3人


 アメリカ 2.1人 北朝鮮 1.9人 中国 1.8人  韓国 1.2人


雨が少なく灌漑も発達していない西アフリカにあるニジェールは、水源も乏しく天水に頼る農業しかできない。
降雨量に収穫量は大きく左右され、しばし旱魃が起こる世界最貧国の1つらしい。
そんな中、一人の女性が7.1人産んだとしても、
赤ちゃんは生まれるまでにお腹の中でなくなったり、たとえ生まれたとしても5歳までに無事に育つわけではないといえる。


『生きて生まれてくる事がなにより』
『生まれて大人になることがなにより』

と、その出生の瞬間を『生きる』という最低ラインの保障すらないともいえる。
7人産んでも、大きくできるのは限られている。


日本は
1.3人。

たった、1.3人。


『生きて生まれてくる事がなにより』
『生まれて大人になることがなにより』

『無事に安全に生まれてくる』というのは、この医療や生活の恵まれた国では当たり前のことで、
一生に数回も経験ができない女性が自分の『お産』を、自分らしく演出し、自分にしかできない出産ができる。

数回もない『我が子の誕生を楽しみながら自分にしかできないお産をする』
健康で順調な妊娠経過をたどっているのであれば叶う事である。



先日、担当した方の出産はまさに彼女の希望する彼女らしいお産になった。


『自分で臍の緒を切ってみたいんですよね・・・』と彼女。

私も前々から、この世に生まれてきた赤ちゃんを初めて抱きかかえるのが母親でなく
『助産師=医療者』であるということになにかしら抵抗があった。

できれば、
赤ちゃんを一番初めに抱きか抱えるのはやはり『お母さん』であってほしいと心から思う。


その日、横向きで
つるんと生まれてきた赤ちゃんは、
そのままお母さんの身体の横に準備された温かいタオルの上に連れられ、初めて抱きかかえるのは、私でなくはお母さんだった。


彼女の希望の通り、臍の緒も自分で切ることができた。
彼女らしい、彼女の思う、お産ができた。



いえることは、
『自分らしいお産』というものは
『安全』が基盤にあって『安全』が保障されていないとできないということだ。


皆ができるわけではない。

思いが強くても、生まれ持った体質的に不可能な女性だっている。
思いが強くて、生まれ持った体質にも問題がないのに、国が貧しいいため不可能な女性だっている。



自分らしいお産を目指すのであれば
やはり、妊娠中からの健康管理。いや、妊娠前からの健康管理やお産に対する強い思い。
陣痛や出産に対する不安な気持ちを打ち消す精神力。

産む自分を創る努力保障された安全


自分がこの子を産むんだ


医療者任せの医療者主体のお産でなく
妊婦主体のお産を。主役は自分。監督も自分。演出も自分。役者も自分。

それを望み生活するのであれば必要なことだと思う。


助産師として私はそんな『妊娠』『出産』の名脇役になることに徹することができる出産に関わることができ、幸せなだと感じた。








# by enuenu1123 | 2012-05-06 19:08 | しごと | Trackback | Comments(0)

娘たち

夕方に、
あっちゃんと、庭掃除もかねて、
時期の終わったチューリップの葉が黄色くなってきたので球根の掘出しをしました。
掘出しはあっちゃんに任せて
私は先日購入した、新しい薔薇の苗を植え、今ある薔薇に追肥をしたり、伸びすぎた枝を散髪をしたり、薬をあげたり。。。


庭のタイムの花も満開です。



いいないいな。。。
こんな時期。こんな時間帯に、植物を触れるのはとても癒されます。ほんと。









今日、金魚つりをしてきたあっちゃんが、

「おかーかん。。今日な。らっきーだったんよ。。金魚つり。」
「一所懸命頑張っても、やっと、一匹しか捕れんかったんよ・・だけど、」
「金魚すくい屋のおねーさんが。あっちゃんの捕った金魚を袋に入れるときに水入れるじゃろ・・」
「そしたらな。そしたらな。。。水を入れるときに、水と一緒におまけの一匹をいれてくれたんよ~~~^^」


とても嬉しかったことを球根のそろえながら話をしてくれました。


「今な。メダカの水槽にいれとるんよ。2匹。可愛いんで。」



自分の部屋がきちんと整理整頓できない、あっちゃんですが、
植物や動物の世話をするのは本当に上手で
晩秋に植えたツタンカーメンエンドウも紫の実も太ってきています。



掘り出した球根を並べているあっちゃんの傍で
私がシマトネリコの落ち葉を掃いていると。


「おかーかん・・・。あっちゃんに言いにくいんだけど・・・。」と、すっちゃん。


「どーしたん?」


「あっちゃん。。かわいそう・・・。あっちゃんが今日折角、金魚すくいしてもって帰ってきた金魚が一匹。もう、死んでるんよ。。」
「あっちゃんが、すくえた金魚でも、お店のおねーさんから貰った金魚でも・・・。どっちにしても、どっちが死んだとしても、、辛いじゃろ?あっちゃん。死んでしまった金魚ももちろんかわいそう。
でも、あっちゃんが。。あんなに喜んでいたあっちゃんが。かわいそうでな。。なんて言おうか?」

ウチにやってきた金魚を
すっちゃんも嬉しく思っていて、あっちゃん以上に金魚の入っている水槽を何度も何度も覗きにいっていたようで、
金魚が死んだ事をあっちゃんよりも先に気がついたようです。


あっちゃんの悲しむ顔を想像して、悲しそうなすっちゃんでしたが、
あっちゃんになるだけ、あっさりと金魚が死んだことを伝えていました。
あっちゃんはがっかりしていましたが、すっちゃんも辛そうでした。



死んでしまった金魚をどこに埋めるか悩みましたが、
今日植えた薔薇の根元に埋めてやる事にしました。


「金魚も、薔薇の栄養になって、薔薇がキレイにさいたらいいね。金魚も喜ぶね」と二人。



すると、
すっちゃんが昔。子供たちだけであったことを思い出して私に話をしてくれました。




すっちゃんのむかしばなし
# by enuenu1123 | 2012-05-05 19:43 | Trackback | Comments(2)
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歩いていると、月もついてくる。歩いていると、いろんなことを考える。


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